朝4時30分頃に目が覚めました。私は家族とバギオ(ルソン島北部ベンケット州)で5日間の休暇を過ごすので、わくわくしていました。家族が準備で忙しくしている中、私はシャワーを浴びました。私はすでに前の晩に準備を終えていました。両親は、イトログ・ナ・マアラット(あひるの卵を塩漬けしたもの)やトマト、干物イワシの卵炒め、パンを私たちのために、いつもより早く作ってくれました。家族みんなで食べました。とてもおいしいかったです。家族全員がバギオ旅行を楽しみにしていました。わくわくした気持ちで会話をしながら朝ご飯を食べました。私は旅行とバギオの寒い気候に備えて快適で暖かい服を着て、その間兄弟たちは私たちの弁当のパッキングを手伝っていました。その後、クバオのビクトリーライナーバスターミナルへと向かいました。
バスターミナルに行くためにタクシーに乗りました。タクシーに乗っている間、お母さんがだまってお祈りしているのを見ました。私たちはみんなで静かに、家族の安全な旅をお祈りしました。バスターミナルに着くと、私たちのバスはまだ来ていませんでした。私たちは少しの間待っていました。私は少し不安で、待ちくたびれてしまいました。その後、車掌さんが、乗っていた乗客にバスから降りるように呼びかけ、その席へ私たちを案内しました。私は窓側に座りました。窓側の席は、景色が見られるのでとても楽しい経験でした。バスがクバオから出発し、しばらくの間、私は音楽を聴いていましたが、いつの間にか寝ていました。乗客たちがバスを乗り降りする音が聞こえ、目が覚めました。そこはちょうど、私たちが降りるバス停でした。バスを降りてまず目に飛びこんできたのは、カラバオ(水牛)でした。バギオに行く途中で私がおどろいたのは、緑の丘や山やまをおおう霧、稲の苗を植えた広大な土地、巨大な果実、葉が舞う木、そして色とりどりの花や、遊びまわる子どもたちです。農民は作農に忙しく、その景色は素晴らしかったです。まるで魔法のようでした!
ついにバギオ市バスターミナルに到着しました。午前11時だったのに、寒くて風の強い日でした。私たちはホテルに直行し、昼ご飯を食べてしばらく休みました。ホテルのファミリールームは、私たちの休暇にふさわしく、快適で広びろとしていました。午後2時、私たちはまず、フィリピンのサラダボールといわれる、ベンゲット州のラ・トリニダード・イチゴ農場に観光に行きました。初めて、私は小さなカゴを持って、様ざまな品種の新鮮なイチゴをつみました。農場の真ん中まで行くと、足元には泥があるので、私はゴム製の長ぐつをはきました。私は「まるで自分が農家の人になったみたいだな!」と思いました。その後、採れたてのイチゴを計量し、お金を払いました。そして、新鮮で柔らかい、豆腐で作られた温かいスイーツのタホを買い、イチゴで甘くして食べました。とてもおいしかったです!
バギオでのふつか目は、いくつかの教会、博物館、市場、ショッピングモールへ行きました。日曜日だったので、私たちは最初に、聖母マリアに捧げられたルルド洞くつを訪れ、山頂まで登りました。聖体拝領に出席するためにバギオ大聖堂に行きました。教会の外には、お祝い用の色とりどりのバンデリタス(紙またはプラスチック製の三角形の小さな旗を並べてひもに吊りさげたもの)が掲げられていました。バギオの歴史とバギオの芸術家がデザインした美術工芸品を見るために、私たちはベンゲット州のアシンにあるベンキャブ博物館を訪れました。午後、バギオ市場でパサルボン(お土産)を買いました。それは少数民族のバッグやかご、サンダル、ほうき、バギオの風景がプリントされたTシャツ、保存食品や珍味、新鮮な果物や野菜、キーホルダー、標語の置物などの手作りのお土産品です。
最後のふつか間、私たちは、鉱山ビューパークやマンションハウス(フィリピン大統領府の建物)、ライトパーク、植物園、フィリピン軍士官学校、バーナムパーク、タムアワンビレッジ、グッドシェパード修道院、ベルハウス(道教寺院)、キャンプジョンヘイ(米軍施設として使われたホテル・カフェ・ゴルフ場)などのバギオの有名な歴史的観光地や公園を訪れました。この旅行のすばらしい思い出は、家族みんなでバギオの民族衣装を着て、民具や楽器を持って撮ったこの写真です。私はこの写真を額に入れて、一生の宝物として大切にします。そして、この休暇の最後の日は、私の11歳の誕生日のプレゼントをもらい、お祝いをしました。これが家族からのプレゼントでした。家族とのこの休暇は、本当にわくわくと楽しい思い出に満ちあふれたものでした。